Law Practise 商法 No.36:インセンティブ報酬(ストック・オプション)

1. 公開会社において新株予約権を「特に有利な金額」(238条3項2号)で発行する場合、取締役は株主総会においてそのような募集が必要である理由を説明することを要し(238条3項柱書)、募集事項の決定には株主総会の特別決議が必要である(238条1項・2項、240条1項、309条2項6号)ところ、Yがこれを行わずに新株予約権を行ったことは(以下、本件発行)、「当該新株予約権の発行が法令又は定款に違反」することを理由に、Xは、Yに対し新株予約権発行の差止めを請求することになる(247条1項)。

2. これに対し、Yは、本件発行はいわゆるストック・オプションであり、当該取締役への報酬すなわちその職務執行の対価として株式を受け取る権利を付与するものであることから、「報酬等」(361条)に該当し、株主総会の普通決議で足りるとの反論が考えられる。

(1) そこで、ストックオプションの付与が「報酬等」に該当するかが問題となるところ、職務執行の対価である財産上の利益はあるから「報酬等」に該当し、ストック・オプションは、「金銭でないもの」(361条1項3号)に該当すると同時に公正な価格が想定しうることから、「額が確定しているもの」(同1項)にも該当し、その額や具体的な内容が株主総会の普通決議で定められていれば足りる。

   また、同条項がその決定を株主総会の決議または定款に委ねたのは、いわゆるお手盛りの弊害を防止するためであるから、株主総会で報酬等の総額や上限が定められていれば、個々の取締役の具体的な報酬額の決定を取締役会に委ねてもお手盛りの弊害は生じない。

(2) そして、「有利な金額」とは、払込金額が新株予約権の公正価額よりも低額であることを指すところ、ストックオプションにおいては、取締役の将来の報酬の割引分を織り込んで発行されるので、その報酬割引分を加味すれば、無償であっても、 特に有利な条件といえない。

   もっとも、当該募集新株予約権の公正な評価額が提供されるべき職務の対価として過大な場合には、有利発行となりうると解すべきである。

(3) 本件発行はストック・オプションであり、「報酬等」と評価されるべきところ、公正な価格についてブラック・ショールズ方程式による算定方法が定められ、その額が定められている。また、個々の取締役に対する報酬は定められてはいないものの総額についての上限が定められ、当該募集新株予約権の公正な評価額が提供されるべき職務の対価として過大な場合であるとの事情もみられない。

(4) よって、本件発行の決定は株主総会における普通決議で足りる。

3. 以上から、Xの主張に理由はない。

 

Law Practice 商法〔第2版〕

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